2012年5月4日金曜日

やっぴMovies≫ガチ☆ボーイ


「メメント」という不思議な映画があります。「前向性健忘症」という記憶障害を持つ男が主人公。彼の記憶は10分間しか維持できない。で、起こったことを忘れないように、彼はポラロイドカメラで撮影し、それから、大事なことは体のあちこちにタトゥーで書き込んでいる。映画自体のつくりもとても入り組んでいて、見終わったあとはなんだか取り残されたような気分になる映画です。

「ガチ☆ボーイ」も、同じような記憶障害(高次脳機能生障害)を抱える男、五十嵐が主人公です。司法試験にも合格し、弁護士を目指して順風満帆の学生生活を送っていた五十嵐。ある事故を機に、彼の人生は大きく変わってしまう。何しろ、前日のことを何一つ覚えていないのですから。彼は、「メメン ト」の主人公と同じように、ポラロイドカメラを常に携帯し、「出来事」をすぐ手帳にメモしておかなければならない。


中盤、朝、彼が部屋で目覚めるシーンが出てきますが、あれはちょっと、ショッキングと言ってもいい。彼は毎日あれを繰り返さなければ生きていけないのです。

相良守次の『記憶とは何か』(岩波新書)に、「記憶とは経験を保持し、これを再生する過程であるといわれている」とあります。私たちは、日々「経験」を保持しながら、必要に応じてそれを「再生」しながら生きているということですね。五十嵐の場合、前日のことを何一つ覚えていないという障害があるわけですが、それはたぶん、正確に言えば、「忘れる」というより、脳には経験がインプットされているのに、それを引き出せないだけなのではと素人なりに思いました。「忘れて」いるわけじゃなくて、「再生」の 機能が壊れてしまっているのではと。もしそうだとすれば、何かの拍子に再び「再生」機能が働き始めることもあるのではないか…と淡い期待さえ抱きたくなります。


さて、五十嵐が唯一の「生きる希望」として見いだしたのが学生プロレスでした。学生プロレスがコメディやコント的な色彩が強いものだということを初めて知りました。五十嵐が入部する「北海道学院大学」のプロレス研究会(HWA)のモットーは「安全第一」。基本的なプロレスの「技」はもちろん駆使しつつも、主眼はあくまでも観客を楽しませることにある。ということは、「段取り」が必要になってきます。五十嵐にとっての不覚は、そのことをあまり考えていなかったこと。闇雲に相手と戦うわけではなかったのです。しかし五十嵐はその肝心の「段取り」を覚えられない。

五十嵐がプロレスに惹かれたのは、その「記憶」を頭では覚えていなくても、「体」が覚えているから でした。先ほどの『記憶とは何か』にもこんなことが書いてありました。


世間では、水泳は一度おぼえたらもう忘れないとか、自転車も一度ならえば忘れないといわれている。技術的のものは忘れ方が緩慢だということは、忘却曲線(注:記憶を初めて科学的に研究したエビングハウスの作った忘却曲線)の上にも明かに示されている。技術的の痕跡は相互の連関が緊密に形成されているということは認められよう。相互に連関した形態をつくらなければ技術は遂行されないからである。

つまり、スポーツなどの「技術」は、トレーニングによって蓄積された一つ一つの「痕跡」が緊密なまとまりをつくり、それが安定すればするほど、その記憶が長く保持されるということです。ドロップキックのやり方をを何度も何度も練習したことは忘れても、体はその「 痕跡」をちゃんととどめていて、どう筋肉を動かせばいいのか、どんなタイミングで脚を動かせばいいのか、肉体が勝手に動いてくれる。そして、ここぞとばかりに炸裂!!もできる。


もともとこの映画は、舞台作品が原作だとか。「予想外」の感動大作、とうたわれていますが、記憶障害と学生プロレスの組み合わせの妙でしょうか、確かにクライマックスの「ガチンコ勝負」は見ものです。

それにしても、学生プロレスに生き甲斐を見いだした五十嵐ですが、大学を卒業したら、今度はいったい「体の記憶」をどんなことに試させるのだろうか。ちょっと余計な心配までしてしまう。



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